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光でできた腕時計「Aurora」-コンセプトから造型を発想するということ

文字盤のない腕時計「Aurora」

光の針で時間を知らせるコンセプトモデル腕時計『Aurora』が発表されたそうです。

赤い光が時針、ブルーが分針

通常は何も表示させておらず、縁に手を触れると光の針が出てきます。
赤い光が分針で、青い光が時針という仕組み。
ただフレームの存在感と腑に落ちないラインがどうもしっくりこない。

auroraを横から見る

実は2008年のミラノサローネで松尾伴大、甲斐健太郎、下山幸三の三人からなるデザインプロジェクト「」(まいる)が同様のデザインの時計「good aftermoon」を発表済みなのですが、『造型』というものは彼らのようにコンセプト立ててそこから発想していかないと、つじつまの合わない中途半端なものになってしまう。

Auroraの造型を見る限り『針を光にしただけじゃん』というアイデアだけが空中に浮いたような深みのないデザインに見える。コンセプト不在です。

デザインプロジェクト参の時計good-aftermoon
good aftermoon by 参

造型とコンセプトの関係は参の松尾伴大氏の発言をみればよくわかります。

まず、リング(輪)だけの時計ができないのか、と何気なく考えたのが始まりです。となると時間をどう見せるかということが課題になりますが、そこを光の筋で表現しようと。

コンセプトから造型を発想しないと、新しい造型は決して実現出来ない。

Auroraの場合は『針を光にしたらおもしろいよね!』から始めるので単純に既存の時計フレームに光の針を適用しただけで終わっちゃうわけです。スタートが『針を光にする』だから針を光にした時点で満足しちゃう。そこで終わるわけです。

現にフレームの存在がでかすぎて光の針が見えてこない。
アイデアをコンセプトに落としこんでから造型をスタートさせそれを最後まで貫き通さないとこうなるもんです。

ただ同時にそれがデザインってものでもあるような気がします。
まず時計の針を光で表現することの技術的な制約、腕時計というスタイル上常に針を表示させない方が良い、というような幾多もの現実的な課題を解決していく上でコンセプトを曲げることもあるのかなと思うわけです。
ましてアートと違って企業で発表する以上実現させてなおかつ売れなきゃしょうが無いわけですから。

ちなみに参考までにこの光の時計という発想は2006年にもRadoのbright design contestにおいてコンセプトモデルって形で発表されてるようです。

rado-void

ちなみに私は時計好きというわけでも何でもありません。

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